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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)8457号 判決 1981年8月27日

原告

今野正質

原告

今野精一

右原告ら訴訟代理人

河野太郎

被告

樋口秀夫

主文

一  被告は原告今野正質に対し、別紙物件目録記載の通路上に設置されている自動販売機五台その他各種容器等一切の物品を撤去せよ。

二  被告は原告今野正質に対し、前項の通路上に工作物を設置し又は物品を置くなどして同原告の通行を妨害する行為をしてはならない。

三  被告は原告今野正質に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和五六年六月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告今野正質のその余の請求及び原告今野精一の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告今野正質と被告との間においては全部被告の負担とし、原告今野精一と被告との間においては被告に生じた費用の二分の一を同原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

六  この判決の第一及び第三項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告正質は甲土地を所有し、同地上に居宅を所有して居住しており、原告精一は甲土地の一部を賃借し、同地上に居宅を所有してこれに居住していること、他方被告は乙土地を所有しており、甲土地と乙土地との間には李政伊所有にかかる丙土地並びに榊原文江所有にかかる丁及び戊土地が存在し、以上の各土地の位置関係は別紙図面(二)記載のとおりであること、甲土地及び乙土地は丙、丁、戊の各土地とともに、もと小林ます所有にかかる一筆の土地(一五八番一、宅地四〇〇坪)の一部であつて、原告正質及び被告はそれぞれその一部を賃借していたところ、右一筆の土地は小林ますより財産税の物納として大蔵省に所有権が移転し、昭和二五年ころ大蔵省において分筆のうえ、甲土地を原告正質が、乙土地を被告がそれぞれ払下げを受けて所有権を取得し、他の賃借人も同様にして払下げを受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そうして右の分筆と所有権移転に関し、<証拠>によれば次の事実が認められる。

1  新宿区西新宿八丁目(旧表示・新宿区柏木一丁目)一五八番一、宅地四〇〇坪が物納されたのは昭和二三年一月一〇日であり、同年六月八日大蔵省のため所有権取得の登記がなされた。

2  昭和二五年五月九日右の土地が次の三筆に分筆され、いずれも払下げを原因として次のとおり各土地の所有権が移転した。

①  一五八番一、宅地二〇四坪八合九勺  中村信吉に対し昭和二四年五月一七日払下げ(昭和二六年五月七日登記)

②  同番三、宅地三九坪五合二勺 被告に対し昭和二五年五月一〇日払下げ(同年同月九日登記)

③  同番四、宅地一五五坪五合九勺 原告正質に対し昭和二四年五月一〇日払下げ(昭和二五年五月一一日登記)

右③の土地が甲土地であり、また②の土地から昭和三六年九月四日一五八番八の土地が分筆された結果、同番三の土地は二七坪八合六勺となり、これが乙土地である。

3  右①の土地は昭和二六年八月三一日次の二筆に分筆され、それぞれ中村信吉から次のとおり各土地の所有権が移転した。

④ 一五八番一、宅地一一四坪八合八勺  杉本光市に対し昭和二六年八月三〇日売買(同月三一日登記)

⑤ 同番五、宅地九〇坪一勺 川井克巳に対し昭和二六年八月三〇日売買(同月三一日登記)、同人から南城尚夫に対し昭和二九年四月三〇日売買(同日登記)、更に同人から李政伊に対し昭和三六年九月一一日売買(同日登記)

更に右④の土地は昭和三二年二月二〇日次の三筆に分筆され、それぞれ杉本光市から次のとおり各土地の所有権が移転した。

⑥ 一五八番一、宅地五一坪二合九勺  榊原文江に対し昭和三六年二月二三日売買(同日登記)

⑦ 同番七、宅地四八坪四勺 右⑥と同じ

⑧ 同番六、宅地一五坪五合五勺 広瀬慶次郎に対し昭和三二年四月八日売買(同月一二日登記)

右の⑤、⑥、⑦の各土地がそれぞれ丙、丁、戊の各土地である。

以上のとおりであり、この認定を左右する証拠はない。なお、右事実のうち②の土地の払下げの日が所有権移転登記の日より後となつており、右は登記簿の記載の過誤とも考えられるが、これを確定するに足りる的確な証拠はない。

二次に通路の状況等について検討するに、<証拠>を総合すれば次の事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。

1  原告正質が甲土地内の建物に住むようになつたのは昭和四年ころであるが、当時甲土地内には小林ます所有の貸家が三軒建つており、当時からすでに本件通路部分は通路として開設されており、原告正質を含む貸家に居住する者らは公道に至るための通路としてこれを利用していた。

2  本件通路部分にはおおむね長方形の敷石が連続して敷設されているが、これは昭和六年ころ小林ますが通路の中央部分に敷設したものである。

3  本件通路部分の利用されていた状況は、小林ますが一五八番一の土地を物納し、更にこれが大蔵省から各借地人に払下げられた前後を通じて同様であつた。

4  現在、本件通路部分は、原告らを含む甲土地内の建物に居住している者らが公道に至る道路として利用している外、戊土地には榊原文江の居宅があり、同人もこれを通路として利用している。また丁土地には同人のアパートが建てられているが、丁土地は直接公道に通じているため、右アパートの住人は本件通路部分を利用する必要はないものの、これを利用する者もある。なお、丙土地は現在空地となつている。

5  甲土地の位置関係は別紙図面(二)記載のとおりであつて、周囲を他人所有の土地に囲まれている袋地であり、本件通路部分以外に公道に至る適切な通路はない。もつとも丁土地内の前記榊原アパートの脇を通つて公道に出ることは不可能ではないが、右は丁土地内の庭の中を通るというものであつて、これが通路として開設されていると認めるに足りる証拠はない。

三そこで以上の事実を基礎として通行権の存否について判断する。

1  原告らは、大蔵省からの払下げがなされた際、通行地役権が設定されたと主張するが、本件にあらわれた全証拠を検討してみても、右の事実を認めるに足りる証拠は存在しない。

判旨2 次に民法二一三条による囲繞地通行権について考えるに、同条第二項は土地を分割してその全部を同時に譲渡した場合においても類推適用され、これによつて生じた袋地の譲受人は、もとの土地の残余地に対してのみ囲繞地通行権を取得するというべきところ、前記一で認定したとおり、元番である一五八番一、宅地四〇〇坪が同番一、三、四に分割され払下げられた時期は、登記簿上多少の間隔があるものの、右認定の事実と<証拠>によれば、右大蔵省から各借地人への払下げがなされるようになつたのは同一の機会においてであり、分割の登記自体は同じ日付で行なわれていることが認められることからすれば、同時に分割譲渡された場合と見て差支えないものというべきであり、そうすると、袋地である甲土地の所有権を取得した原告正質は囲繞地である一五八番一及び三(前記のとおり、これらが更に分割されて丙、丁、戊、乙の各地となる。)に対して同条による通行権を取得したものというべきである。そうしてその位置(但し、本件土地部分における範囲については後記のとおり)は、前記二で認定した事実からすれば、本件通路部分にあるとするのが相当である。

もつとも、右の結論は、大蔵省からの払下げが全部同時譲渡の場合でないとしても変りがない。すなわち、同条第二項は一部譲渡により袋地が生じ、しかる後囲繞地の所有権が第三者に譲渡された場合であつても、すでに囲繞地内に通路が開設されていれば、通行受忍の負担は右の第三者に承継されるものと解すべきである。けだし囲繞地の所有権が特定承継されたことによつて従来同条に基づいて成立していた通行権が消滅に帰し、新たに民法第二一〇条に基づく通行権を成立させなければならないとする根拠に乏しく、すでに客観的に通路が開設されていれば特定承継人に不測の損害を与えるおそれも少いと考えられるからである。そうすると、本件の場合、原告正質は甲土地の払下げによつて国(大蔵省)に対し残余地である一五八番一及び三の部分に対し民法二一三条第二項に基づく通行権を取得し、かつ前記のとおり当時すでに本件通路部分が通路として開設されていたのであるから、間もなくこれらの部分の払下げを受けた中村信吉及び被告に対し、右通行権を主張し得るものというべきである。

そうして、甲土地と乙土地とにはさまれた一五八番一の土地が前記のとおり分割譲渡されたことによつても原告正質の右通行権は影響を受けず同原告は乙土地内の本件土地(但し、その範囲は後記のとおり)に対し囲繞地通行権を有し、被告は右通行の負担を受認すべきものである。

3  原告精一が甲土地の一部を賃借している者であることは前記のとおり当事者間に争いがないところ、同原告も囲繞地通行権を有すると主張する。そこで袋地の賃借人に囲繞地通行権があるかどうかについて考えてみるに、囲繞地通行権は袋地の所有権の行使が妨げられている状態を回復するために認められたものであつて、袋地の物権的請求権の性質を有するものであるから、これを物権以外の利用権に準用するには、該利用権が物権的妨害排除力を是認される程度のものでなければならないというべきところ、原告精一の賃借権につき、これが対抗力を具備していることの主張立証はないから、同原告の主張は採用できない。なお、このように解したとしても同原告としては原告正質に通行権があることの反射的効果として本件通路部分を通行し得ることは勿論であるから、実際上の支障はないものと考えられる。

また、同原告は本件土地の占有を主張するが、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。

四そこで進んで原告正質が通行し得る範囲について検討するに、囲繞地通行権は袋地の利用のため、囲繞地の所有権の行使を制限するものであるから、その範囲は袋地利用のための必要度に照らし、右の制限による損失が最も少い限度において、諸般の事情を考慮して決すべきところ、<証拠>によると、元来本件通路部分は約二メートルの幅員があり、長年にわたり原告正質をはじめとする甲土地内居住者がこれを利用していたこと、しかるに被告が昭和四四年ころ乙土地内の建物を建て替えた際、乙土地内の道路部分にブロック塀を築造し、その結果現状は、公道出口附近において約1.32メートル、最も奥の戊土地との境附近において約1.37メートルの幅買しかなく、従来通路のほぼ中央に敷設してあつた敷石は右ブロック塀にほとんど接する程になつていること、他方本件土地とその東側隣地との境界は隣家建物の壁面ないしブロック塀によつて截然と区画されているところ、被告が本件土地内の右境界線に沿つた土地部分に自動販売機五台を設置し、その他箱等の物品を置いているため、本件土地の通路としての有効幅員はますます狭く、約0.7メートル余になつている箇所もあり、常人が傘をさしたまま通行することすらできず、やや大きな荷物の搬出入にも困難を感じる程の状態であること、等の事実が認められる。右事実によれば、甲、乙各土地が繁華街に近い西新宿八丁目にあることを考慮しても、約1.32ないし1.37メートルという幅員の本件土地は、袋地利用のため必要最低限のものであり、囲繞地所有者としても受忍しなければならない限度内のものであると認めるのが相当である。

五以上のとおりであるから、原告正質は本件土地に対して囲繞地通行権を有し、被告は自動販売機の設置等により、これを妨害してはならないものというべきである。

被告は通行権の主張を権利の濫用であると主張するが、右主張を肯定するに足りる事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

六次に不法行為の成否について考えるに、<証拠>によると、被告が設置している自動販売機五台は煙草、コカコーラ、ポルノ雑誌等販売用のもので大きさは幅四七ないし八七センチメートル、奥行四〇ないし五六センチメートル、高さ一五八ないし一九〇センチメートルのものであり、被告はこれを昭和五二年一一月ころから設置し、また箱等の物品は、菓子パン等を入れる容器(縦三三センチメートル、横六五センチメートル、高さ一五センチメートル程度のもの)数十個、その他ガステーブル、バケツ等の雑品であり、これによつて原告正質が被る通行上の不便は前記のとおりであつて、同原告は現在に至るまで多大の精神的苦痛を被つていることが認められる。そうすると被告の行為は通行権侵害の不法行為であるというべく、被告は同原告の精神的損害を賠償する責任があるところ、その額は諸般の事情を考慮して、同原告が起算日とする本件訴状送達の日の翌日であることの明らかな昭和五三年九月一二日以降口頭弁論終結の日である昭和五六年六月二五日までの分を一括し、金一〇万円と認めるのが相当であり、右慰謝料には履行期の後であることの明らかな右口頭弁論終結の日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を付すべきである。

原告正質は、口頭弁論終結後も妨害物の撤去までの間一日につき金五〇〇〇円の割合による慰謝料の請求をしており、右は将来の給付請求というべきところ、将来における通行権妨害の態様は、その性質上口頭弁論終結時の状態がそのまま継続することが確実であるとまではいい切れず、その態様に変動があつた場合を考えると、同原告が被る苦痛の程度も一日当り金何円として計り難いものがある。そうすると、将来の慰謝料についてはその存在が不確実であるという外はなく、同原告の主張は理由がない。

なお、原告精一に個有の通行権を認めることができないこと前示のとおりであるから、同原告に対する不法行為は成立しない。

七よつて、原告らの本訴請求は、原告正質が被告に対し本件土地上にある自動販売機五台その他の物品を撤去し、通行妨害の禁止を求め、かつ過去の慰謝料として金一〇万円を求める限度において正当として認容するが、その余の請求並びに原告精一の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(原健三郎)

別紙

別紙

別紙

物件目録

東京都新宿区西新宿八丁目一五八番三

宅地 92.09平方メートル(二七坪八合六勺)

のうち、別紙図面(一)のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を結ぶ直線によつて囲まれた通路部分約18.7平方メートル

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